ご挨拶と自己紹介

 ホームページをご覧いただき有難うございます。ご挨拶と自己紹介を兼ねて、代表者のこれまでの経歴をご紹介します。
自己紹介
 1940年に静岡県清水市(今では残念なことに静岡市清水区になってしまいましたが)に生まれ、高校卒まで静岡で育ちました。
従って、自分では典型的な静岡人気質(争いを好まない、実直で人柄がよい、厳しさに欠ける)の持ち主だと思っています。
経  歴
 友人達が東の大学に進学するなか何故か西の大学を選び、1966年に京都大学大学院工学研究科精密工学専攻修士課程を修了して
(研究テーマは自動制御静圧軸受です)、当時全盛期を迎えていた日本の造船業の花形であるマンモスタンカーを建造していた、
石川島播磨重工業(現在のIHI)に入社しました。
終戦間際に試験飛行に成功した、我国最初の海軍ジェット攻撃機「橘花」のエンジンである「ネ-20」を製作した会社です。

 私が入社した時は、海軍の技術少佐として「ネ-20」の開発に精魂を傾けた永野さんと、経済船型で有名な真藤さんが、
副社長でした。 電気技術部に配属になり電気油圧サーボ弁の開発を命ぜられましたが、間もなく、所属部長が永野さんから、
米国の雑誌に載っていたロボットの記事を見せられ、詳しい経緯は知りませんが(面白いから君のところでやったらどうか、と
言われたとか)、開発することになりました。
 記事のロボットはAMF社の"VERSATRAN"で、技術提携を前提に上司の課長が米国へ見に行ったり、商社が輸入した
"VERSATRAN"を豊洲の東京第2工場の武装工場(現在のララポートの辺り)で一般公開したりしましたが、検討の結果、
提携しなくても技術的に十分国産化可能と言う結論になり、私と数名の若いエンジニアが開発担当を命ぜられました。

 開発したロボットは"CONtrolled SLave ARm"から「コンスラーム」"CONSLARM"と名付けられ、基本構造は"VERSATRAN"と
同じ円筒座標型の電油サーボ弁駆動方式です。外観が似ているので、今でも時折り"VERSATRAN"と混同する人がいますが、
純国産の産業用ロボットです。1968年に国産の産業用ロボット1号機として富士重工三鷹工場に納入し、クェンチングプレスに
デフのクラウンギアをロード、アンロードする作業に使われました。
 ロボットはその後登場した電動サーボ方式が主流となり、電油サーボ方式のコンスラームは短命に終わりましたが、
10数台が納入され、日本の産業用ロボットの黎明期に活躍しました。

 その他ではメカトロ機器の開発に従事し、開発した電気油圧ステッピングシリンダは、製鉄会社で連続鋳造機のモールド幅可変
制御用アクチュエータに採用され、現在も使われています。また、運動性能水槽造波装置など一連の造波装置、原子力発電所の
ISI検査ロボット(米国SwRIと技術提携し国産化)、舶用大型ディーゼルエンジンのバルブタイミング電子制御用駆動装置
(ピエゾ式高速オンオフ弁)、工技院大型プロジェクトでバイラテラルマスタースレーブマニピュレータ、体外補助循環用人工心臓、
極限作業ロボット(防災ロボット)、などの開発を担当させて頂きました。
 中でも舶用大型ディーゼルエンジンの電子制御は、当時既に省エネと環境対策(NOx対策)を目的にした野心的なプロジェクト
でした。真藤社長がわざわざ立川の実験棟まで見に来られ、「オイ、俺の目の黒いうちに完成させろよ」と言われたのですが、
私の力不足のため完成できなかったことは、慚愧の至りです。
 今思うとIHIでは色々失敗もありましたが、私の技術者としての基礎を育んで頂いた会社であり、感謝しています。

 次に縁あって1988年に信越化学に移り、本社技術部に籍を置き、各地の工場の自動化合理化を推進する業務に携わりました。
機械設備製造業から化学素材製造業という全く異質の世界に移り、初めて感じたこと(カルチャーショック)が二つありました。
 一つは施主とベンダーの違いであり、もう一つは、機械工学エンジニアと化学工学エンジニアの間に横たわる相違点です。
前者は注文主と業者の違いなので世間では当り前とは言いながら、上は役員から下は未だ嘴の黄色い担当者に至るまで、
実に高圧的な態度でベンダーに接するので、元ベンダー側の人間としては些か驚きました。
然し、考えてみれば、装置産業は製品の品質、コスト、の全ての面で、導入する設備が死命を制するので、施主としても
必死の覚悟なのだと分りました。
 後者の相違は、工学の目的がハードウェアの設計か素材の製造かという、目的の相違に淵源があり、考え方、方法論など、
全ての面で違います。これは、化学と物理という工学の2大基礎科目のうち、化学は専門でも、物理を履修した(少なくとも
単位を取った)エンジニアが少ないということも原因の一つではないか、と思います。
 然し、信越化学のエンジニアが自社製品の製造プロセス固有技術に対して持つ自信とプライドには並々ならぬものがあり、
これには大変感心しました。
 信越化学では、マグネット、シリコーン、合成石英(光ファイバープリフォーム)など、ディスクリート的な製品の製造工程の
自動化合理化を担当し、IHI時代には経験できなかった新工場の垂直立上げ、ロボット導入、製品コストダウンのための
IE的手法の導入などを経験することが出来、機械屋と言えども、多少はお役に立てたかなと思います。
 1999年(平成11年)に技術士(機械部門)の資格を取得し、2004年1月に技術士事務所を開設し個人事業主になりました。
技術士の資格取得後も、社内技術士及び専属コンサルタントとして信越化学の中で仕事をしてまいりましたが、
2009年3月末で信越化学との専属契約を終了し、個人事業主としてエア浮上搬送装置の開発、製品化を行ってまいりました。
2010年10月より剱持技術士事務所を株式会社ケンモチに改め、新たな気持ちで前進中です。
 今回、これまでの技術者としての経験を活かして少しでも世の中のお役に立てればと思い、株式会社ケンモチの業務の
一端をご紹介するホームページを開設致しました。
 ロボット技術やメカトロニクスを応用した新製品開発、設備の自動化、コストダウン、製造工程の合理化指導など、
お声を掛けていただければ、協力会社を含めた弊社の力を傾注して皆様の利益のために尽力したいと存じますので、
お気軽にご相談頂きたく、何卒宜しくお願い申し上げます。